清姫と安珍の物語

 清姫と安珍の物語(きよひめとあんちんのものがたり)は、日本に伝わる伝説の一つ。



1.概要

 愛した僧の安珍に約束を破られた清姫が怒り大蛇となって、仕舞いには鐘に隠れた安珍を焼き殺すが、後日二人は法華経により救済されるという物語。一般的な伝承などと同様に多くの派生が存在し、現在では後日談が省略されることも少なくない。
 もともとは畜生へ転生した者が法華経の霊験により救済されたという法華経の霊験譚であり、本来は寺院による縁起譚であったとされる。この物語が広く各地に語り継がれる過程で、今日に語られるような文学に発展したものとみられる。
 1043年成立の『大日本国法花験記』に記される物語が最古の原型と思われるが、そこに安珍や清姫の名はなく女性は少女でもない。安珍と清姫の名が初めて出揃うのは1742年(寛保二年)初演の並木宗輔による浄瑠璃『道成寺現在蛇鱗』からだと思われ、今日一般的に語られている内容は江戸時代以降に確立したものであると思われる。


2.現在の一般的なあらすじ

 ≪準備中
&color(#666666){ 夜這いが単に夜に迫っただけとなっている場合も多い。一般化のため(公衆の面前での上演や子供向けの絵本)?
 単に約束を破られ逃げられただけ、さらに人違いだと嘘を重ねられる、さらには神通力で金縛りに合わせるなどというパターンも。物語として面白くするため(初期のものは単に女は恐いみたいな話)?
 清姫が大蛇になるタイミングは、川にはばまれてが主流(現在)。大蛇になり泳ぎ渡る。
 清姫は最後、単にどこかへ去ったとも、入水自殺したとも。}


3.経歴

 『大日本国法花験記』巻下一二九(1043年成立)に載るものが文献としては最も古い。安珍と清姫の記述はない。
 あらすじは、熊野に参詣する二人の僧が牟婁ノ郡で宿を借りる。その家主が若い女性で美形の僧に一目惚れする。夜這いをしかけ結婚を迫る女性に僧は断るが女性はしつこく、僧は参詣の途中であるから帰りによって結婚すると約束する。しかし、女性を恐れ僧は他の道を逃げ帰る。それに気づいた女性は怒り毒蛇となって僧を追う。毒蛇の話を聞いた僧達はその正体が女性であることを悟り、道成寺に助けを求める。僧は鐘にかくまって貰うが、毒蛇は鐘に巻きつき鐘ごと僧を焼き殺して帰っていく。後日、殺された僧が大蛇になって道成寺の僧のもとを訪れ、(以下省略)。

 『今昔物語集』巻第十四 本朝付仏法「紀伊國道成寺僧、写法花救蛇語 第三」(1120)。
 『大日本国法花験記』を出典とし、同様に安珍と清姫の名はないがいくつか変更や加筆がみられる。主な相違点は、女性が大蛇になる際の記述に明確に死んだことが記されている点と、結末に一般的な教訓が加えられている点。

 『元亭釈書』巻第十九(1322)で、初めて僧の名として安珍の記述がある。また、安珍は鞍馬寺の僧であると記されている。

 『日高川双子』。

 『道成寺縁起』は室町時代に製作されたといわれる道成寺の寺宝。絵巻。安珍と清姫の名は登場しない。

 謡曲『道成寺』。原曲と考えられている『鐘巻』は、『能本作者刲詿文』で「作者不明能 但し大略金春能か」の項にある。奥州の山伏と荘司の娘とのみ記されており、安珍と清姫の名は登場しない。
 あらすじは、 ≪簡略化中につき長文≫ ある事情により長らく撞鐘(つきがね)のなかった紀州道成寺の住職がそれを再興し、ある日の吉日に鐘を鐘楼(しゅろう)に上げ同時に鐘の供養を行うことにした。能力(のうりき)に命じて鐘を鐘楼へ上げさせた住職は、考えがあるので鐘供養の場は女人禁制であると伝える。鐘供養と女人禁制の旨を触れる能力のもとを、女が訪れる。この国の片隅に住む白拍子を名乗る女は、鐘の供養を拝もうと急いできた甲斐あって日が暮れぬうちに着いたのだと話す。能力は女人禁制であるため一度は断るが、女は自分はこの辺りに住む白拍子であり結縁のため普通の女とは違うと言う。それを聞いた能力は、自分の一存で女の入場を許してあげるから、ちょうどそばにあった烏帽子をかぶり面白く舞って見せるように言う。烏帽子をかぶった白拍子は舞い始める。一面の花のほかには松があるだけ(あたりは桜花爛漫そのほかには松の緑があるだけ)、日も暮れそめて入相の鐘の音が響く。そのうち夜になり人々も眠ったため、よい折だと女は立ち舞うような様子で鐘にねらい寄り撞こうとするが、思えばこの鐘が恨めしいことよと竜頭に手をかけて飛ぶのかと思えば、鐘を引きかぶって女の姿は見えなくなった。二人の能力が鐘の落ちた音に驚き逃げまどった後、鐘が落ちていることに気づきまたも驚く。住職への報告を互いに押し付け合ったすえ、住職から最初に命を受けた能力が報告することとなる。住職に思い当たることはないか問われた能力が女を入れたことを告白すると、住職は叱りつけた後、鐘楼に向かう。住職が鐘のところへ来てみれば、鐘は煮えたぎっていた。そこで、鐘を前に住職は能力たちにかつて起こった恐ろしい話を聞かせる。「昔この辺りに真砂の荘司というものがおり、一人の娘がいた。また奥州より熊野詣をする山伏がいて、その荘司のところを定宿として毎年泊まっていた。山伏は娘に土産を持ってくるので、荘司は娘にあの山伏はお前の夫だなどと冗談を行ったところ、娘は幼心にそれを信じ年月を送った。ある時、荘司のところに泊まった山伏に、娘はわたくしをいつまでこのようにお捨て置きになるのか、今回はわたくしを連れて奥州へ下りなされよと申す。山伏は大いに恐れ、夜に紛れて逃げ去った。娘は逃がすまいと追いかけ、山伏はこの寺に助けを求めた。寺の者は皆で話し合い、その頃あった撞鐘を下ろしその中に山伏を隠した。一方、娘は日高川の辺りを上(かみ)へ下(しも)へと歩きまわっていた。というのも、日高川の水かさが増えていて渡ることができそうになかったのだ。娘は恨みのあまり毒蛇の姿となって川を泳ぎ渡り、この寺に来てあちこち探したあげく鐘が下りているのを不審に思い、竜頭をくわえて七巻き巻きつき尾で叩いたところ、鐘はその場で煮えたぎる湯となって、山伏もその場で消え失せてしまった。」話の後、住職たちは祈ることにする。住職たちが五大尊明王に祈誓をかけて祈りだすと、鐘が動きだし、やがて音を立てて踊りがあったかと見るうちに、元通りに鐘楼に上がった。そして、その下には蛇体のものがうずくまっていた。さらに住職たちが祈ると蛇体は倒れ伏し、また起き上がってすぐに、鐘に向かって吐いた息は猛火となってその身を焼き、日高川の深淵に飛び|入《い》った。望みを達したと住職たちは、自分の本坊に帰っていった、自分の本坊に帰っていった。

 群書類従本『道成寺絵詞』(1400?)では、僧の名は安珍でなく賢学と記されている。

 1742年(寛保二年)初演の並木宗輔による浄瑠璃『道成寺現在蛇鱗』にて、初めて安珍と清姫の名が出揃う。

 『道成寺現在蛇鱗』以降、舞台芸術において「道成寺物」として一大分類を築いている。歌舞伎の道成寺物、地唄舞「鐘ヶ崎」、箏曲生田流「鐘ヶ崎」、山田流「新道成寺」など。

 東北地方の山伏神楽、沖縄の組踊りに登場する。また、山陰地方や中部地方に安珍清姫の伝説歌謡が分布している。さらに、紀州の道成寺では今もなお絵解きが行われている。


4.所縁のある場所や地名

  ≪編集中

・熊野
   和歌山県の熊野三山。本宮(東牟婁郡本宮町の熊野坐神社)・新宮(新宮市の熊野速玉神社)
  ・那智(東牟婁郡那智勝浦町の那智大社)の3社の総称。熊野権現とも。観音信仰の霊場、山岳
  信仰の聖地。
・牟婁ノ郡
   紀伊國。紀伊半島の南端。現、和歌山県新宮市と東・西牟婁郡および三重県尾鷲市、熊野市と
  南・北牟婁郡。
・道成寺
   和歌山県日高郡川辺町鐘巻に現存。天台宗。もとは法相宗。通称日高寺。大宝元年(701)義淵
  の開基。
・忉利天
   インドの仏教の世界観で宇宙の中心をなす須弥山(しゅみせん)の頂上にある。中央に善見城が
  あって帝釈天が住んでいるという。六欲天の第二。本語はサンスクリット語の音写であり、漢訳
  は「三十三天」。
   四方に峰があり、峰ごとに8天あるので32天、それに中央の帝釈天を加えて三十三天となる。
  また、釈迦の母である摩耶夫人は死後にここに再生し、その母のために釈迦は一夏、ここに昇っ
  て説法したという。
   『今昔物語集』巻第十四「紀伊國道成寺僧、写法花救蛇語 第三」では、毒蛇となり僧を焼き殺
  した女が法華経の霊験により救済され転生した場所。
・兜率天
   欲界六天の第四。須弥山のはるか上方にある夜馬天のさらに上方にある。釈尊滅後56億7千万
  年後にこの世に下生することになっている弥勒菩薩の現在の住処とされる。
   『今昔物語集』巻第十四「紀伊國道成寺僧、写法花救蛇語 第三」では、毒蛇となり女に焼き殺
  され蛇道に転生した僧が法華経の霊験により救済され転生した場所。


5.類話

・『垂仁記』より
   ホムチワケ王が一夜の契りを結んだヒナガヒメの姿を覗き見したところ、蛇であったので恐れ
  て逃げたが、ヒナガヒメは海上を照らし船で追いかけてきたと言う話。
・『別訳雑阿含経』阿邦津尊者の伝
   南方熊楠の説によれば、この伝説を取りいれている。
・『花巌縁起』
   義湘女人を誡め女人道心を堅くする条とかかわるという説。
・『刈萱物語』
   竜蛇が女性の我執の象徴となっており、仏教的な人間観が基本となっている点で共通する。


6.備考

 伝説大系では文化叙事伝説の精霊に分類される。


7.参考文献

・『昔話・伝説必携』野村純一(1992)株式会社學燈社
・『今昔物語集 三 新 日本古典文学大系 35』池上洵一(1993)株式会社岩波書店
・『謡曲集②<全二冊> 新編日本古典文学全集 59』小山弘志、佐藤健一郎(1998)小学館
・『今昔物語集①<全四冊> 新編日本古典文学全集 35』馬淵和夫、国東文麿、稲垣泰一(1999)小学館
・『岩波 仏教辞典 第二版』中村元、福永光司、田村芳朗、今野達、末木文彦(1989,2002)株式会社岩波新書
・『日本の物語絵本 8 安珍と清姫の物語 道成寺』松谷みよ子・文、司修・絵(2004)株式会社ポプラ社
・『Wikipedia』https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8「安珍・清姫伝説 - Wikipedia」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E7%8F%8D%E3%83%BB%E6%B8%85%E5%A7%AB%E4%BC%9D%E8%AA%AC(2017年4月30日閲覧,実際に参考にした際の日付を記録し忘れたため前述の日に閲覧し直し、参考箇所に特筆すべきような改変がないことを確認致しました)

  • 最終更新:2017-06-18 00:38:30

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